ジム・ボーリング:インタビュー

佐藤由美子

Jim Borling
Jim Borling MM, MT-BC is Professor of Music and Director of the Music Therapy Program at Radford University in Radford, Virginia. He holds the designation of Fellow of the Association for Music and Imagery; he is a Board Certified Music Therapist and is a member of the American Music Therapy Association. Over the years Jim has held contracts with Lewis Gale Hospital Alcohol and Drug Program, Lewis Gale Clinics-Chronic Pain Program, Life Center of Galax Treatment Center, The Center for Behavioral and Rehabilitative Medicine, and Avenues to Recovery Adult and Adolescent Programs. He has provided Music Therapy trainings throughout the United States as well as in Korea, Germany, Canada and Mexico. He is widely published, contributing both to professional journals and book chapters on a variety of topics around the clinical applications of music therapy. His primary clinical focus currently includes special applications in the field of addictions and men’s work. Jim and wife Nannette are Co-Founders of "MusicVisions, LLC-Services for Healing and Growth", a private practice in Roanoke, Virginia offering Music Therapy and Reiki services.

「いままで以上に音楽療法に出合ったことを、感謝している今日この頃です」。

30年以上音楽療法士をしつつ、28年間ラッドフォード大学で教壇に立っているボーリングはそう言う。こんなに長い間、音楽療法に対する情熱をどうやって保ち続けてきたのか? その答えを聞く機会が、今やっと訪れた。

ラッドフォードで大学院生だったころ、音楽の力を信じ、音楽療法に献身するボーリングに刺激され、音楽療法士になる決意をした。最初のクラスに半信半疑で行った記憶がある。だがそのクラスの終わりまでには、今まで探していたものを見つけた、という確信があった。ボーリングに促された自己認識が、私の成長を今でも駆り立てている。成長は人生のあらゆる段階で可能だと、ボーリングは学生やクライアントに教える。

ラッドフォード大学で音楽療法のプログラムディレクターを務めながら、つねに音楽療法士として活動してきたボーリング。クラシック音楽を使う事によって、クライアントの回復への道のりをサポートする、ボニー式GIM(The Bonny Method of Guided Imagery and Music)を専門としている。オフィスでクライアントを診るかたわら、外来プログラムで薬物中毒の患者とのセッションもする。クラスルームでは、前日のセッションの話をすることによって、講義を面白く、活気に満ちたものにしている。

クリーブランドで開かれた、AMTA(アメリカン・ミュージックセラピー・アソシエーション)の学会で、ボーリングと話をした。ロビーの隣のレストランの隅に、ダウンタウンを見下ろす静かなテーブルを見つけた。忙しい中インタビューに応じてくれたボーリングは、私が覚えていたとおり、明るく幸せそうに見えた。音楽療法の話になると、目を輝かすボーリング。音楽療法に関する意気込みは、今でも健在だ。

「GIMって何ですか?」と尋ねるクライアントに、どう答えますか?

ボニー式GIM(*)は、クライアント自身が持っている能力にアクセスする、音楽中心のプロセスです。クライアントは治癒過程に積極的に参加し、心や体の奥深くにある答えを探す能力を持っています。回復するために必要な答えは、私達自身の中にあるものだと思うんです。GIMを使うことによって、意識的に、意味のあるやり方でそれにアクセスすると、人は自然に回復していきます。

回復するというのは、病状や混乱から離れる、というよりは、むしろ心身の調和に近づく、という事ではないかと思うんです。過程としては同じですが、概念的に違うんですよね。障害を持っていようが、薬物中毒を持っていようが、私達はみなその調和に近づこうとしてるんです。GIMやドラムサークル、歌を使ったディスカッションなどをしている時に、クライアントに何が起ってるのか観察したんです。その時、回復に向かうために自分が何をしなければいけないのか、クライアントはすでに分かっているんだと実感したんです。クライアントがその調和に近づけるように、踏み台を提供してあげればいいんです。

*ボニー式GIMは音楽とイメージを用いる心理療法です。リラックスした状態で目的に合った音楽プログラムを聴き、その中で起こってくるイメージにより個人の心や体の中にある「必要なもの」を探っていきます。GIMではクライエントをトラベラー、セラピストをガイドと呼びます。セッションはまずトラベラーとガイドの間で「心の旅の意図」について話し合うことから始まります。旅の意図は明らかにしたいことや自分への問いです。短いリラクゼーションの後、意図に合った音楽プログラムを聴き、その中で自然に起こるイメージによって深層心理を探っていきます。GIMの中で起こるイメージは個人によって異なります。視覚的イメージだけではなく、身体的感覚や自己洞察として現れることもあります。トラベラーは音楽を聴きながらガイドと対話をし、イメージを深め追及していきます。音楽プログラム終了後、イメージについて話し合いながら、イメージをまとめ、旅の意図についての洞察につなげていきます。 吉原奈美「MUSICURE」  (アクセス:2010年1月11日)

自分自身に回復能力があるという事を、セッションを始めたばかりのクライアントは信じますか?

必ずしもそうではないですね。西洋では、何か具合が悪いと薬を飲んだり手術をしたりして治す、アロパシー医学にかなり慣れてますよね。それは、心身を回復させる能力は本来自分にある、という考え方とは随分違ったパラダイムです。でもクライアントに、「一緒に歩んでいこう」と、「あなたが自分の回復過程に責任をもって取り組むのであれば、その一つ一つの過程をサポートするよ」と言うと、すでに彼らの中で起っているものに反響するんですね。失敗はないという事や、サポートしてもらえるんだという事がわかれば、クライアントは第一歩を踏み出せると思います。だからセッションの当初、クライアントが自分の回復能力を信じないというよりは、おそらく正確に言えば、それが理解できないんですよね。だからそのアイディアを伝えてあげる必要があるんです。

なぜ音楽は効き目があるんでしょう?

音楽は人間の深い部分に響いて、聞く人が理解できるメッセージを運ぶんです。あなたと私が音楽を聴いて、その音楽に対して違った解釈をしてもいいんですよ。音楽によって気持ちが通じるわけですから、もちろん両方とも正しい解釈の仕方なんです。言ってみれば、音楽を通じて何かを進んでやる気持ちが生まれるんです。例えば、事実を認めようとか、話をしようとか、気持ちを認識しようとか。音楽を弾こうとか、歌詞を書いてみようというような気持ちになったりもします。音楽というのは、そういった人間の深い部分に影響を及ぼすんです。

音楽は、私達の精神の生き生きした姿なんだとも思います。なぜかというと、色々な事について話はできても、それに活気をつけるのは難しいんです。音楽のバイブレーションを通じて、活気に満ちた形で、自分の気持や問題と向き合えるんですね。それは素晴らしい事です。しかも大抵の場合、言葉に邪魔されません。かといって、それについて話さないというわけではありませんから、音楽療法士にとってカウンセリングスキルは欠かせません。ただ、音楽という違うタイプのエネルギーを用いる事によって、言葉が届かない、私達の深い部分を経験する事が出来るんです。

GIMで使われる、カウンセリングプロセスというのは何ですか?

伝統的なGIMでは、ポストセッションというものを含みます。それは話すことから成り立つカウンセリングプロセスで、音楽を聴くことで得た経験を洞察する事です。その中でクライアントは、音楽によって起ったイメージAとイメージBを結びつけて考え、その意味を理解していくわけです。カウンセリングプロセスは、音楽から得る経験と同じくらい大事です。すなわちカウンセリングプロセスは、音楽の代わりとしてではなく、音楽といっしょに使うんですね。

私個人の考えでは、音楽療法士はカウンセリングプロセスに対して、総合的なアプローチをとるべきだと思うんです。どんな音楽療法士でも、独自の方向性というのはありますが、それだけに制限されてはいけないと思います。認知用法(CT)や認知行動療法(CBT)を利用している方は沢山います。人間中心療法や、ゲシュタルト的なアプローチをされる方もいますね。ただ他のアプローチを除外して、ひとつだけのアプローチを使うというのは、クライアントのためにはなりません。回復のプロセスの上で、一番奥深い部分に対応している場合なんかは、特にそうです。だからこそ、音楽療法士は技術だけではなく、実践からも学ばないといけません。そして、すべてのアプローチを身につける事によって、ゲシュタルト的過程や美的体験への要求が見えてきたり、トランスパーソナルな状態が現れているのに気づいたりできるんです。私達自身にそういった知識や経験がなければ、クライアントをサポートする事はできません。

教授のアプローチに関する視点が、音楽療法士の教育に影響すると思いますか?

教授の視点が、それぞれの大学のプログラムに特徴を与えるのは確かです。それはラッドフォード大学に関しても言える事です。ただ、私が今奮闘している問題というのは、さまざまな臨床の場で高いレベルを要求されることになる若い音楽療法士を、音楽療法団体がどうやって育てていくかという事です。スキル向上のためのトレーニングがあるとはいっても、資格のある若い音楽療法士に、私のやっているような薬物中毒患者との仕事を任される事もありえるんです。その中で起りえる問題を、若い音楽療法士達は対処できるでしょうか?クライアントに基づいて、スキル向上のためのトレーニングを計画する事はできません。クライアントはもうそこに居るんですから。どうやってこれからの音楽療法士を教育していくかという事を、大学は考察するべきでしょう。誰が1番深いレベルで働く準備ができているのか、音楽療法団体は考えなければいけないと思います。それは、私達の道徳的責任だと思うんです。

セラピーの段階で、クライアントにとって一番大変な事とはなんですか?

それは、クライアント自身が問題に取り組まなければいけない、という事でしょうね。同時にそれがセラピーの素晴らしさでもあるんです。感情を受け止めたり、辛い事に立ち向かったり、困難を経験する事によって、初めて回復に向かっていくわけです。「情熱の炎を通り過ぎない人間は、それを克服できない」と、カール・ユングは言いました。苦しみや真の問題が表面に現れてきた時、クライアントはそれに向かい合わなければいけません。GIMセッションの場合は特にそうです。それはとても難しい事です。でもそれと同時に、自分の問題に責任を持とうという気持ちのあるクライアントは、「この問題には取り組まなければいけない。これは大切なことだ。そのためにここに来たんだ」と気づくんです。すなわち、セラピー上で1番大変な事が、1番やりがいのある事でもあるんですね。なぜならユングが言った様に、本来の問題に立ち向かう事によって、初めて情熱にたどり着けるからです。

人間は情熱的なんです。それをいつも表現できるわけではないですけど、私達は情熱的な生き物なんです。だからこそ、困難を受け止めることによって情熱にたどりつくんです。ユングによると、人間の陰の部分というのは、90パーセント素晴らしい物で、暗闇はたったの10パーセントなんです。その10パーセントが私達を貴重な物から遠ざけてるんですね。クライアントにとって難しいのは、その暗闇の部分を受け入れる事です。

そのクライアントにとって1番難しい事というのは、私達音楽療法士にとっても、1番難しい事かも知れないですね。

そうですね、それはいい見方です。「自分の内面を磨きなさい」と、学生によく言います。それは自分への責任でもあるし、クライアントに対する義務でもあります。なんで人はセラピストになろうとするのか、不思議ですよね。基本的には善意からだと思いますけど、中には自分自身の問題を見つめたくない、という理由でにセラピストになる方もいます。まあそれは構いませんが、ここで私達が語っている回復段階というのは、特殊なものです。音楽療法は、とても迫力のあるセラピーです。だからこそ、自分の内面を磨いて成長するのは、音楽療法士としての責任です。そうする事で、クライアントも成長できるんです。これはとても重要な事だと思います。

同感します。その他に、音楽療法士としてのチャレンジはなんでしょう?

音楽療法士は、沢山の知識が必要です。本当にそうなんです。私達はすぐれた音楽家でなくてはいけません。そして、個人と音楽との関係ということも大事です。セラピーの過程ということを知らなければいけませんし、チームワークもとれないといけない。それから、どんな音楽療法士にとっても大変な事は、周りの人に音楽療法を理解してもらうことかもしれませんね。

音楽療法士としての喜びは何ですか?

それは2通りの答え方をしたいですね。まず1つは、音楽をいろいろな形で使うことができる事です。私は子供の頃、音楽と強いつながりがありました。それが何かは言葉で表せませんでしたが、音楽はとても重要なものだと気づいたんです。

もう1つの喜びは、クライアントの回復過程をサポートし、それに参加する事です。かなり重症なトラウマから、自分は一生回復できないんじゃないか、という気持になるクライアントもいます。でも音楽によって何かを目覚めさせることで、「もしかしたら、音楽を通じて回復する事ができるかもしれない」と感じるんです。その段階を私達がサポートすることによって、クライアントは回復していきます。自分の目の前で、彼らが心身とも調和のとれた人間になっていく、といのはとても嬉しいことです。

回復というのは、具体的にどうやって起こるものなんでしょうか。音楽によってクライアントの本来の力を甦らせ、本人がその過程に責任を持つという事ですよね。でも、その後何が起るんですか?

自然な発達過程であるものを解放するんです。ヒューマニズム的な考えで言うと、自然に任せれば、人は最大限の可能性を達成します。でも邪魔が入ったり、トラウマを経験したり、人間関係の問題に巻き込まれたりしますよね。そうすると、自然な成長の流れが妨げられるんです。音楽療法の場合、「今セッション中効果があったから、これで終わり」というよりは、その自然な成長過程を解放するんですね。だからこそ、GIMや音楽療法を経験した人は、その経験を内面化するんです。家族と居る時、仕事場に戻った時、休日を過ごしている時でさせ、その経験を忘れません。だからクライアントがセッション中に回復するというよりは、その本人が持っている自然な回復過程を解放する事によって、彼らは何処に行っても、絶え間なく心身の調和に向かった成長ができるんです。

つまり人間の成長というのは、自然に流れる川みたいな物なんですね。ただ、時々その川の流れが妨げらる。音楽によって障害物を取り除き、川の流れを自由にする事によって、自然の流れが取り戻されるという事ですね。

いい例えですね。その通りです。人間の成長というのは、大人になっても十分続くとアブラハム・マズローはいいました。それは本当です。人間として、実感しますね。私の30代は良かったですし、40代は素晴らしかった。でも50代になって、やっと少しづつ人生の意味がわかってきたかもしれない。そんな気がします。

本当ですか? それは嬉しい事ですね。プロとして仕事を始めたばかりの音楽療法士の方達に、アドバイスはありますか?

Jim Borling with Yumiko Sato, Cleveland, 2011
Jim Borling with Yumiko Sato, Cleveland, 2011

今音楽療法を楽しんでいるのなら、将来もっと楽しくなるでしょう。ただ、その過程で自分と音楽の関係を無くさない事が大切です。音楽と接するのが仕事上だけ、というような事にならないように。そして自分が成長しなければいけないと感じて、その段階で苦しみや辛い気持ちが現れてきた場合、カウンセラーなりを訪ねる事。そういった助けを求める事は大切です。助けを求めるというのはとても勇気がいる事だと、何年か前音楽療法士の友達が言いました。本当にそうだと思います。

私達は仕事上、異常な事や病的な事なんかを沢山見ます。そしてそれを家に持って帰ってしまうんです。それを何年も重ねていると、健康を損ないます。だから、心身のバランスを保つことが大切です。

最後に、どうやって何年も音楽療法に対する情熱を持ち続けてきたのか、その秘密を教えてください。

秘密ですか?そうですね、音楽を弾き続けることが重要です。それから、私自身も必要な時、プロに助けを求めた事があります。成長に伴う苦しみというか、そういうものがあったんですね。自分の問題に向かい合わなければいけなかったんです。今思えば、それはとてもいい経験でした。なぜなら、そのおかげで本来の自分の姿が取り戻せたと思うからです。だから音楽療法士として、疲れ果てるという事は今までなかったですね。音楽療法とめぐり合えたのは本当に良かったと思いますし、今でも音楽療法に対する興奮は覚めていませんね。

この度は、インタビューに快く応じていただき、有難うございました。

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Voices: A World Forum for Music Therapy (ISSN 1504-1611)